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2022-10-12

海の幼稚園②

イルカの親子の絵


海と風が出会って波の子・りん子は生まれました。
その人は子供が大好きで子供が欲しいと思いながらこどもに恵まれない女の人でした。
その人の深い深いため息が風に乗って海にとどいたとき、一つの波が海の真ん中で生まれたのです。それが波の子・りん子です。
でもりん子は人間からは自分がただの波にしか見えないということを知りません。だから例えば通り過ぎる舟の甲板から海をながめている人に「おーい。そこの人。」と声をかけてもだれも返事をしてくれないことがりん子はいつも不思議でなりませんでした。
「せっかくこっちからあいさつしてあげてるのにどうして答えてくれないのさ。」と りん子は思っていました。
それでもときどきこの辺りを群れをなして巡ってくるバンドウイルカたちは りん子にあいさつを返してくれます。
「オーイ、りん子ちゃん。今日はお日様がぽかぽか当たってきもちいい日だね。
今日は一日何をしてたの。」と 仲の良いイルカの一太郎が聞きます。
「わたしはね。今日も波乗り、昨日も波乗り、明日も波乗り。これが一番たのしいこと。」
りん子はいつものようにそう言いながらこのときだけはなぜかほんとにこれでいいのかしらという気持ちが心の中にぽっちりとにじみました。一太郎もあまりうらやましそうな顔をしていないことも気になります。それで「イルカさんたちこれからどこに行くの。」とりん子は聞いてみました。
「ぼくたちこれからイルカの幼稚園に行くんだよ。そこで先生といっしょに遊んだりお勉強したりいろいろ楽しいことするんだ。」と言いました。
「へぇ、幼稚園。」とりん子はびっくりして言いました。
「りん子ちゃんは幼稚園には行かないの。」
「えっ、幼稚園。そんなところあるんだ。りん子もいっしょに連れて行ってよ。」
「だめだよ。そこはイルカの幼稚園なんだからね。りん子ちゃんにはきっとどこかに別の幼稚園があるはずだよ。」とイルカの一太郎は言います。
「へえ、どこにあるの。」
りん子がきくと
「さあね。よくはわからないけれど。きっと陸に近い所じゃないのかな。あれ、みんな行っちゃう。じゃあまたね」と イルカの一太郎は答えるとあわててみんなの後を追って行きました。
りん子はバンドウイルカの仲間を見送ってから波間をただよいながら「幼稚園、幼稚園。幼稚園ってどんなとこなんだろう。」とつぶやいていました。
なんだかそこはとても楽しいところのように感じられました。
「そこに行けばりん子の話を一生懸命聞いてくれるひとがいるのかな。」と思うと、りん子はもう幼稚園に行きたくてたまらなくなりました。
「でも幼稚園ってどこにあるんだろう。とりん子は思いました。
このひろい海原のどこを見てもそんなものはありそうには見えません。
そのとき「きっと陸に近い所にあるんじゃないかな。」という一太郎の声がりん子の胸の中でよみがえりました。
それからというものりん子は陸へ向かって毎日波乗りしていきました。

ところがりん子と一太郎の話を聞いていたものがこの広い海の中に一組だけいました。たまたま近くを通りかかったこのあたりに住む海亀の老夫婦です。
「今の話聞いた会、ばあさん。」
「ええ、聞きましたとも。海の幼稚園とか。ちゃんと無事に着けるといいんですが。」
「一太郎も人にものを教えるときはきちんと調べてからしないとなぁ。波の存在であんな勢い込んで波乗りして行ったらかたい岩や岸壁にぶつかってこっぱみじんになるのがせきのやまだろうて。きのどくなことだ。今までどれだけの波の子がなにも知らないままにそうなっていったことか。」
「まあ、なんと。かわいそうな。うまく浜辺の方に行ってくれればいいのですが。」
「まあ、運良く浜辺に着いてもあのように勢い欲突っ込んでいったらいくら砂のじゅうたんがしいてあってもおそらくは助かる参って。」
「なんとかならないんですかね、おじいさん。」
「わしももう少し若ければ追い掛けていって教えてやれるのだが もうわしの足ではまにあうまいて。」と海亀のじいさんは言いました。

そんなこととはしらないりん子は岸に向かって「わあい」と言いながら波乗りして行きます。まるでりん子を送り出すように青い波の楽隊がザザン がザンと行進曲を打ち鳴らしています。
「やあ、りん子ちゃん。そんなにうれしそうな顔してどこに行くの。」と仲良しカモメが聞きます。
「これから海の幼稚園に行くんだよ。」とりん子は答えました。
「海の幼稚園。ふうん。どこにあるのかな。」
「陸に近い所なんだって。そこにはたくさんの仲間と先生がいて遊んだり勉強したり楽しくやってるんだって。」
「ほんと。それはすごいじゃない。カモメの幼稚園みたいだね。ならお願いがあるんだけど。いつも仲良くしている波の子がいるの。その子もいっしょに海の幼稚園に連れて行ってくれないかな。」
「うん、いいよ。それならりん子のあとからついてくればいいよ。」とりん子は言いました。
りん子は仲良しカモメの連れてきた波の子を引き連れて「ワアイ」と言いながら 陸に向かって波乗りして行きます。
春のかわいた潮風がりん子たちの背中をそっと押してくれています。しばらくりん子たちが波乗りしていると、今度は「おーい、りん子ちゃん、そんなに楽しそうな顔してどこに行くのさ。」と 知り合いのトビウオが声をかけてきました。
「これから海の幼稚園に行くんだよ。」とりん子は言います。
「海の幼稚園。いったいそれはどこにあるんだい。」
「陸に近い所にあるんだって。そこではたくさんの仲間と先生がいて遊んだり勉強したり楽しくやってるんだって。」
「ほお、海の幼稚園ねぇ。トビウオの幼稚園なら知ってるけど海の幼稚園なんて初めて聞いたよ。それならお願いがあるんだけど うちの知り合いの波の子もいっしょに連れて行ってくれんかね。」
「うん、いいよ。ならりん子といっしょに付いておいで。」
気が着くとりん子は波の子の仲間たちをたくさん引き連れていました。海の幼稚園に着いたらみんなでどんなことをして遊ぼうかと考えるだけで胸がわくわくしてきます。
ところが空が少し暗くなりかけたと思ったそのときです。
「おーい。」と数日ぶりでなつかしい声がしました。
バンドウイルカの群れがりん子たちの前方に現れたのです。
その中から一太郎が飛び出してきてりん子に声ヲかけました。
「おーい、りん子ちゃん。たいへん、たいへん。台風が来ているんだよ。これから
ぼくたち沖の方に批難するところなんだ。りん子ちゃんも置きの方に行った方がいいよ。」
「えー、沖の方。だってせっかくここまで来たのに。」とりん子はがっかりして言いました。
「でもさぁ、台風だよ。あれにやられたらどんなやつだってばらばらにされちゃうからね。」
「えっ、そうなんだ。どうしよう。」とりん子が迷っていると一太郎は
「じゃあぼくたちこれから沖の方に先に行くから。りん子ちゃんたちもすぐに
後から来た方がいいよ。」
いるかの一太郎はそう言うとほかの仲間たちといっしょに置きの方に向かって
一直線に行ってしまいました。
それでもりん子はどうしたものかぼんやりしているうちにみるみる黒い雲が頭上をおおって風が空の太鼓を打ち鳴らしたようにすごい音を立てて吹き始めました。
りん子たちは生みの中にもぐってなんとかやりすごそうとしましたがたちまち大風に捕まって空宙高く持ち上げられてはなんども水面にたたきつけられました。りん子の後からついて来ていた波の子たちもみんな泣き叫びながらばらばらにされてしまいました。
台風は二日二晩の間海の上で吹き荒れてようやく北の海に抜けて行きました。
嵐が去ると海はようやく静けさを取り戻しました。りん子たちはみんな名前をそれぞれに呼び合って仲間を捜しました。
かもめの連れてきた波の子はすぐにもどって来ました。とびうおの紹介で来た波の子も三日すると帰って来ました。
みななんとか無事にあの台風を乗り切ったようでした。
これからはみんなばらばらにならないように横一列に手をつないで行くことになりました。
「ワーイ、みんないっしょだよ・」とりん子は叫びます。
そして波の子りん子たちはおだやかに広がる海原を陸に向かって横一線になって進んで行ったのです。

(3に続く)

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